はいさいー!

よーさんですー!

 

休み明けの出勤でイヤというぐらい

疲れて帰ってきた僕です。

 

休みの前日に見たシフトでは余裕な感じ

だったのに当日になって休む人が増えると

いうね・・・。

 

日常茶飯事すぎて慣れましたが、

体調管理も仕事のうちっと・・・。

 

さて今回は、

記憶から薄れてしまった人や

今でも鮮明に覚えてる人もいるであろう

宮崎勤事件について調べてみました!

 

母親や家族の現在、

生い立ちに免罪の噂など、

気になる事から調べてみたのでいってみましょうー!

 

こっちの事件も酷かったですね。

 

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宮崎勤事件とは?

 

1988年から1989年にかけて

東京都北西部および埼玉県南西部で発生した、

事件の事ですね。

 

あの猟奇性や残酷性から話題が大きくなり

宮崎勤の名前を出せば、どんな事件だったのか

すぐに分かる人も多いと思います。

 

またこの事件をキッカケに「オタク」という

それまで世の中に浸透していなかった存在を

世の中に周知されるようになったそうですよ。

 

現代人がオタクに対して「気持ち悪い」「怖い」「犯罪者予備軍」といったイメージを持つ理由の一つは、この事件に際して行われた報道が強く影響を及ぼしている

参照

 

さらにオタク以外にも印象をまるっきり変えられて

しまった存在があって、

それが「大人しい人」「目立たない人」の類ですね。

 

事件が起こるまでは、そのままの印象だったのですが、

事件後は、「何を考えているかわからない」

という印象を植え付けられたそうです。

 

僕も一般的にいうと大人しい部類で

「何を考えているか分からない」

という言葉は何度か言われた事があります。

 

ただ、この事件の影響があるなんて

思ってもみなかったので少しビックリですね。

 

そんな印象操作までしてしまう宮崎勤の生い立ちを

少し調べてみました!



生い立ちを調べてみた!

 

 

名前 宮崎勤

生年月日 1962年8月21日

出身 東京都西多摩郡五日市町

 

プロフィールはこのようになっています。

 

宮崎勤は地元の新聞会社を経営する裕福な家庭に

生まれたのですが、両親が共働きという事も

あって、30代の知的障害を持った男性と祖父が

主に面倒をみていたそうです。

 

手首を回せず手のひらを上に向けられない

両側先天性橈尺骨癒合症という当時では

珍しい障害を持っていて、

 

幼い頃はそれをバカにされたり辛い思いをした

という話もありました。

 

幼稚園ではお遊戯や頂戴のポーズもできず、周囲からからかわれても幼稚園の先生は何も対応しなかったため「非常に辛かった」と供述している

参照

 

今はそういう話もあまり聞かなくなりましたが、

当時はやはり偏見なども多くあったんでしょうね。

非常に辛かったと記憶に残るぐらいですから相当だと

思います。

 

小学生の頃は「怪獣博士」と言われるほど

怪獣に夢中になっていたそうです。

また成績も常に上位で算数と英語は特に得意

だったみたいですね。

 

中学へ進学すると、陸上や将棋、通信で空手などを

習い、空手の型を同級生に見せたりしていたそうです。

また、負けるのが大嫌いで様々な攻略本などを読んで

勝つまで勝利に執着するという一面もあったみたい。

 

高校は手の障害を気にして片道2時間もかかる

高校を選択。両親は「英語の教師になるため」だと

思っていたみたいで、「手の障害が原因」だとは

思わなかったみたいですね。

 

仕事が忙しかったというのもあるかもですが、

幼い頃からあまり触れあう機会が無かったのかも。

 

大学は東京工芸大学短期大学部画像技術科に進学。

この頃はパズルに熱中していて、

雑誌パズル回答者として名前が掲載される事も

あったそうです。

 

また、大学の同期で川崎麻世さんが居るそうですが、

川崎さん曰く、「全く覚えていない」という事でした。

それだけ影の薄い存在でクラスでの交流はほとんど

無かったのかもしれません。

 

大学卒業後は、

叔父の紹介で印刷会社にて印刷機オペレーターを

していたそうですが、勤務態度や評判が悪く、

結果的にはクビとなってしまいます。

 

ざっと生い立ちについて振り返ってみましたが、

僕の意見としては親からの愛情が極端に

少なかったんじゃないかと。

 

勝手なイメージなんですが、

家が裕福だと親は子共が欲しい物を

全て買い与えて後は「ほったらかし」という

感じが否めません。

 

勿論、違う家庭もあるとは思うのですが、

あの時代だと余計にそれが強かったんじゃ

ないのかなぁ?と思います。

 

母親や家族の現在は?

 

自身の子共が事件を起こしてしまうと

その制裁は本人だけじゃなくて家族にまで

及んでしまうんですよね。

 

それがワイドショーを総なめする様な事件なら

尚更です。

 

で、宮崎勤の母親やその家族のその後の現在に

ついて調べてみました。

 

まずは家族構成なんですが、

宮崎勤には父親と母親、

それに姉妹2人と兄弟2人の7人家族です。

 

名前なども調べてみましたが、

さすがに情報がありませんでした。

 

気になる現在なんですが、

詳細については不明という結果になりました。

 

ですが、分かっている範囲でお伝えすると、

 

父親は自宅を売り払い遺族への支払いの段取りを

取るとそのまま神代橋から身を投げて自死。

 

母親は詳細不明。

 

姉は結婚間近というタイミングでしたが、

破断となってしまったようです。

 

妹は看護の専門学校に通っていたそうですが、

退学に追い込まれて自主退学。

 

兄弟2人も務めていた会社を辞職したそうです。

 

ただ、これだけじゃないんですね。

親兄弟に被害が及ぶのは当たり前なのかも

しれないですが、そこから両親の兄弟などにまで

波紋が広がってしまうんです。

 

父親の弟は、5つの会社の役員を全て辞職した。
父親の弟2人も仕事を退職した上、次男は持っていた会社を妻の名義に変更。三男には娘が2人おり、宮﨑姓を名乗ることの影響を考え、苦渋の決断の末に「巻き込むわけにいかないから」と妻を説得して離婚、娘達は妻に引き取らせた[42]。母親の兄の2人の息子は警察官、高校教師であったが辞職した

参照

 

宮崎勤もさすがにここまで波紋が

広がるとは思っていなかったでしょうね。

 

また親の兄弟にまで被害が及んでしまったのは

週刊誌での暴露が原因だとも言われています。

 

宮崎勤事件については過剰報道などといった

話もあるので、異様な盛り上がりを見せてしまった

結果、家族以外の親族にも被害が及んだんだと

思います。

 

免罪の噂について!

 

ん!?免罪!?

 

この残忍な事件に関して免罪という

キーワードがあったので調べてみました!

 

さて、

免罪という言葉すら似合わない事件なんですが、

裁判において「決定的な証拠」が皆無なんだそうです。

 

今野真理ちゃんの歯や骨が自宅に届けられたエピソードを覚えている人は多いだろう。
実は、被害者を診たことがある歯医者が「その歯は真理ちゃんのものではない」と証言しているのである。
届けられた歯のなかに、治療したものは一切存在せず、また、あるはずのない永久歯(真理ちゃんは4歳だった)が混じっていたからである。

参照

 

という話は有名かもしれないですね。

 

この免罪説には諸説諸々あって、

免罪説を唱える人もいれば、

免罪では無い!という人もいる。

 

どちらに関しても頷ける部分があるので、

何とも言えないのですが、

刑が執行された今となっては真相を語れる

人は居ませんので、

そっとしておいた方がいいんじゃないかなぁ。

 

というのが僕の意見ですね。

 

一応、免罪説と免罪ではないという説を

唱えているブログだけ紹介させて頂きます。

 

どう受け取るかは読んだ方次第ですね。

 

 

 

終わりに

 

いかがでしたでしょうか?

 

世間を震撼させるホントに大きな事件だったと

思いますが、あの事件からもう29年。

 

未だに話題が挙がるという事は

それだけ風化させてはいけない大きな事件だった

という事なんでしょうね。

 

もうこんな凶悪な事件が起こらないのを

祈るばかりです。

 

こっちの事件もヤバかったですよね。

 

 

 

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